はじめに
あるシステムの時間応答が下記のようになっています。
最初は入力も小さく、出力変化も小さいのですが、指数関数的に出力が増大するとともに、次第に変化量も大きくなっています。出力値が入力側にフィードバックして入力値を増幅(正帰還)しているようです。
同じような現象で身近なものに、マイクとスピーカーの間で発生するハウリングがあります。マイクが拾った小さな信号がスピーカーで増幅され、更にそれをマイクが拾ってしまう・・という無限ループ。そんなことが起こっていそうなグラフに見えます。
これが何かのシステムの応答であれば、フィードバック系のシステムを扱った経験のあるエンジニアなら、このシステムは状態が不安定で発散していると考えると思います。
このグラフは、1986年から最近までの S&P 500 の株価のチャートです。この40年で株価は30倍になっています。
▼ のタイミングは1987年のブラックマンデーで、株価の急落を防ぐ仕組みとして、市場全体の取引を強制的に停止してパニック売りを抑えるサーキットブレーカーが導入されました。また、同じように株価の急落を抑えるための制度として、LULD(Limit Up–Limit Down)が導入されています。LULDは S&P500 を構成する個別銘柄にも適用されています。
株価を超単純なモデルで表現してみる
現実はもっと複雑ですが、まずは超シンプルな前提で考えてみます。
- \(t\) 時点での株価:\( P_t \)
- 買い(売り)の資金:\( F_t \)
- 株価の上昇(下降)の関係式
流入(流出)資金 \( F_t \) に比例するとします。
\(\Delta P_t = P_{t+1} - P_t = 𝛽⋅F_t \)
\(P_{t+1} = P_t + 𝛽⋅F_t \)
\(𝛽⋅F_t \) が株価システムの入力になります。
\(𝛽\) は、買いの時はプラスで株価は上昇、売りの時マイナスで株価は下降します。
\(F_t = 𝛼⋅P_t \) より \(P_{t+1} = P_t+𝛽⋅𝛼⋅P_t\)
\(P_{t+1}=P_t (1+𝛽⋅𝛼) \)
ここで \(k=1+𝛽⋅𝛼\) とおくと、\(P_{t+1} =k⋅P_t\)
システムの安定性
システムの安定性を考えてみます。
株価のチャートから、「安定システムではない」ことは分かっています。株式市場が株価がゼロに収束する「安定システム」では逆に困ってしまいますが、一応、制御工学のブログなので、制御工学的に安定性を考えてみるということです。
こちら → リンク でも説明しているように、システムの安定条件は、特性方程式の解(固有値)から分析でき、
離散時間系:固有値の絶対値<1 です。
\(P_{t+1} =k⋅P_t\) より、
固有値 を \( \lambda\) とすると、固有値は特性方程式 \( \lambda I-k \) の解なので、このシステムの固有値は \(k\) になります。
\(k=1+𝛽⋅𝛼\) で \(𝛼>0\) ですが、\(𝛽\) は買いの時はプラスで、売りの時はマイナスなので時変システムになります。
また、\(k\) が毎回異なる時変システムなので、\(P_{t+1} =k⋅P_t\) より、\[P_t =P_0⋅\prod_{i=0}^{t-1} k_i \tag{1} \] と書けます。ここで、\[ \lim_{t \to \infty} (\prod_{i=0}^{t-1} k_i ) ^{1/t} < 1 \tag{2} \]であれば安定なシステムになりそうです。
資金の係数 \(𝛼=0.1\)、売り買いの要求 \(𝛽\) を \(-1.0\)~\(+1.0\) の値で考えます。
\(k=1+𝛽⋅𝛼\) より、\(𝛽\) がマイナス値の場合は \( k<1\) で、\(𝛽\) がプラス値の場合は \( k>1\) になります。
EXCELでシミュレーションしてみます。
EXCELでシミュレーションしてみる
ファイルは、こちら → リンク からダウンロードできます。
1987年のS&P500の株価$250からシミュレーションしました。(w/o Limit)
売り買いの要求 \(𝛽\) は、\(-1.0\)~\(+1.0\) の値を乱数で発生させています。
固有値: \( \prod_{i=0}^{t-1} k_i = 0.197 < 1.0\) だから安定なシステムになってます。
売り買いの要求 \(𝛽\) が、\(-1.0\)~\(+1.0\) の値で平均値0(対称性を保っている状態)では安定になってしまうようです。
S&P500のようなインデックスファンドは、長期間計画的に積み立てていく投資家が多いことから、\(𝛽\) は買い圧力側(プラス側)にバイアスしているのかもしれません。また、\(𝛽\) がマイナス値の場合で大きく売られるケースでは、取引が強制的に停止になる Limit Down が作動することから、\(𝛽\) の発生頻度はやはりプラス値 ( \(k>1\) ) にバイアスします。
そこで、\(𝛽\) のマイナス側を \(-0.4\) でリミットして非対称状態にしてみます。(w/ Limit)
茶色のラインがその結果です。
固有値: \( \prod_{i=0}^{t-1} k_i = 23.39 > 1.0\) (不安定)となり、何度か暴落もありつつ、株価は指数関数的に上昇していきます。
株価のシミュレーション結果
今回の株価のモデルは
\(P_{t+1} = P_t + 𝛽⋅F_t \)
\(𝛽⋅F_t \) が株価を決める入力になっています。さらに買い(売り)の資金 \( F_t \) を株価に比例するとしています。
\(F_t = 𝛼⋅P_t \)
出力値の株価 \(P_t \) が入力側にフィードバックして、入力値の資金 \( F_t \) を増幅(正帰還)しているため、売り買いの要求 \(𝛽\) の多少の非対称性(バイアス)によって状態は発散していきます。
実際の株式市場は、当然ながらもっと複雑です。今回は超単純なモデルを前提で考えてみた結果です。提示しているEXCELのグラフも計算結果の一例で、【計算ボタン】をクリックして売り買いの要求 \(𝛽\) を再計算すると、本当に多様なシミュレーション結果になります。
大きく売られるケースで取引を強制的に停止にする Limit Down が実際の取引でも頻発しているようで、平均的に \(𝛽\) が買い圧力側(プラス側)にバイアスして、それが株価に影響してないのだろうか?という点は少々気になります。 LULD(Limit Up–Limit Down)を導入するときに十分検証されているとは思うのですが。
おわりに
SpaceXの上場や、日経平均の連日の史上最高値更新など、株式投資を全くやっていない私にも最近は刺さるニュースが多いです。特に若い人の中には、NISAを利用してインデックス投資で長期の資産運用を考えている人も多いと思います。
しかし、上がり始めると指数関数的に上昇する株価チャートを眺めていると、なんだか不安になるのは何故でしょう? そこで今回は株価のモデル化とその安定性について、制御工学的に考えてみました。
本来の株価は、その株を所有していることで得られる株式配当の将来にわたって得られる累積額の期待値だろうと思っています。しかし、最近のニュースなどを見ていると、本当にそうなっているのかな?と思うところもあります。
最後までお読みいただきありがとうございます。間違いにお気付きの方は末尾のコメント欄からご指摘いただけると幸いです。

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